中学校の入学式の朝、真新しい制服を着た息子さんの背中を見送りながら、お母さんは小さくガッツポーズをしたそうです。
小学4年生の秋から学校に行けなくなり、5年生、6年生と家で過ごした日々。それでも中学では「新しい場所なら」と本人が自分から登校を決めた。毎朝ちゃんと起きて、カバンを背負って玄関を出ていく。その姿を見るたびに「もう大丈夫かもしれない」と思えるようになっていた。
ところが入学から半年ほど経った秋のある朝、息子さんが布団から出てこなくなりました。
「……また?」
その一言が喉まで出かかって、お母さんは飲み込んだそうです。飲み込めたのは、前回の経験があったから。でも、心の中では「せっかくここまで来たのに」「今度こそ何とかしないと」という焦りが渦を巻いていた。
――この話、実はけっして珍しいケースではないんです。
文部科学省の調査では、不登校の児童生徒は2023年度に約34万人と過去最多を記録しています。そして現場の支援者たちが口をそろえて言うのは、「一度復帰してから再び行けなくなるケースは、想像以上に多い」ということ。
今回は、不登校から立ち直ったように見えた子どもが再び「行きたくない」と言い始めたとき、その背景に何があるのか、そして親としてどう寄り添えるのかを一緒に考えていきます。
なぜ「また」行けなくなるのか
一度は登校できるようになったのに、また足が止まってしまう。親からすると「振り出しに戻った」ように感じますよね。
でも、子どもの内側では「振り出しに戻った」のとは少し違うことが起きています。その背景を5つに分けて見ていきます。
背景① 新しい環境の「新鮮さ」が切れた
中学入学というのは、人間関係も場所もルールもすべてがリセットされるタイミング。「ここなら自分もやり直せるかも」という希望が、登校のエネルギーになっていた子は少なくありません。
でも数か月もすると、クラスの人間関係が固まり始めます。最初は新鮮だった環境にも慣れてきて、「あれ、小学校のときと同じようなことが起きてる……」と感じる瞬間がやってくる。新しいスタートの魔法が解けたとき、心のブレーキが再びかかってしまうんですね。
背景② 勉強のギアが急に上がる
小学校から中学校に上がると、教科の数が増え、定期テストが始まり、成績が数字で突きつけられるようになります。
不登校の期間に学習の土台が抜けている子にとって、この変化はかなりの負担です。「みんなはわかっているのに自分だけわからない」。その感覚が、小学校時代の「自分はダメだ」という記憶と重なってしまうことがあります。
背景③ 心のガソリンが空になった
一見うまくいっているように見える登校生活でも、本人は毎日ものすごいエネルギーを使っています。
周りの空気を読む。会話についていく。「普通の顔」をして教室にいる。大人でいえば、苦手な取引先との会食に毎日出席しているようなものかもしれません。
安心できる人間関係や「がんばってよかった」と思える手ごたえがないまま走り続けると、心のガソリンが切れてしまう。これが「ある朝突然動けなくなる」という形で現れることがあります。
背景④ 「もう大丈夫だよね」というまわりの期待
登校が続くようになると、親も先生も少しずつホッとします。そして無意識のうちに「もう普通に通えるよね」という空気をまとい始める。
子どもはその空気を敏感に感じ取ります。「行かなきゃ」「期待に応えなきゃ」という義務感で自分を押し出しているうちに、心と体のズレがどんどん大きくなる。やがてその反動が「もう無理」という形で出てくるんです。
背景⑤ 子ども自身の「気づき」が生まれた
これは意外に見落とされがちなポイントです。
再び学校に通ってみたことで、「自分にとって学校のどこがしんどいのか」「自分は本当は何がしたいのか」がぼんやり見えてきた、というケースもあります。
これはネガティブなことではありません。むしろ、自分自身について考えられるようになった成長のあらわれです。ただ、子どもにはまだそれを言葉にする力が十分ではないので、「行きたくない」としか表現できないことが多いのです。
再び「行きたくない」と言われたとき、まずできること
焦る気持ちは痛いほどわかります。でも「何があったの?」「行かないとダメでしょ」と問い詰めることだけは、ぐっとこらえてほしいんです。
ここでは、最初の数日間にできる3つのことを紹介します。
① 「がんばってきたんだね」を最初の一言にする
「せっかく行けてたのに」ではなく、「ここまでがんばってきたんだね」。
この一言があるかないかで、子どもの心の閉じ方がまったく違います。「あなたの努力を見ていたよ」というメッセージは、子どもにとって「この人の前では正直でいていい」という安心感になります。
② 原因を探す前に「どんな感じ?」と聞いてみる
「何があったの?」と理由を聞きたくなりますが、子ども自身も理由がはっきりわかっていないことが多いんです。
「体が重い感じ? 心がしんどい感じ?」 「朝がつらい? それとも教室にいる時間がつらい?」
こんなふうに、感覚的なところから聞いてみると、子どもは「わからないけど、なんか胸がぎゅってなる」のように自分の言葉で話し始めてくれることがあります。
③ 「学校に行かない日」の安全な過ごし方を一緒に考える
休むと決めた日に「じゃあ今日は何する?」とざっくり過ごし方を決めておくと、子どもも親も気持ちが少し楽になります。
「午前中はゆっくりして、午後は散歩でもしようか」くらいのゆるさで十分。大事なのは、「休む=ダメなこと」ではなく「休む=回復の時間」という空気を家の中につくることです。
少し先を見据えて考えておきたいこと
初期対応を終えたあと、もう少し長い目で考えておきたいことが3つあります。
「学校に行くこと」以外のゴールを持っておく
登校できるかどうかはもちろん気になります。でも、それだけを目標にしてしまうと、行けない日が「失敗の日」になってしまう。
オンライン授業、別室登校、フリースクール、家庭学習。今は学びの選択肢が以前よりずっと広がっています。2023年には文部科学省も「不登校の子どもの学びの場の確保」を明確に打ち出しており、学校以外の学びを出席扱いとする自治体も増えてきました。
「この子に合った学び方は何だろう」という視点で考えると、親も子も少し呼吸がしやすくなるかもしれません。
親以外の「大人」とのつながりをつくる
家庭の中だけで抱え込むと、親子ともにどんどん視野が狭くなっていきます。
スクールカウンセラー、教育支援センター(適応指導教室)、地域の支援員、フリースクールのスタッフなど、家族以外の大人と話せる場を意識的につくっておくと、子どもの中に「親以外にも自分を見てくれている人がいる」という安心感が生まれます。
親自身の「相談先」を持っておく
子どもの不登校が長引くと、親のほうが先に心が折れてしまうことがあります。
「自分の育て方が悪かったのかも」「周りの親はうまくやっているのに」。そんな思いが頭をぐるぐる回り始めたら、一人で抱えないでほしいんです。
自治体の教育相談窓口、不登校の親の会、NPOの相談ダイヤル。同じ経験をした保護者と話すだけで「うちだけじゃなかった」と肩の力が抜けることがあります。
「振り出しに戻った」のではなく「深まりながら戻っている」
最後に、冒頭のお母さんの話の続きを。
息子さんはその後2か月ほど学校を休み、教育支援センターに週2回通うようになりました。そこで出会った年上の生徒と仲良くなり、少しずつ「学校以外にも自分の居場所がある」と感じられるようになったそうです。
お母さんはこう言っていました。「最初は”また戻っちゃった”と思ったけど、よく見たら前回とは全然違う。あの子なりに考えて、自分で選んで休んでいるんだなって、途中から思えるようになった」。
子どもの回復は、まっすぐな階段ではなく、波のように進みます。上がる時期もあれば、また沈む時期もある。でも波が戻るたびに、子どもの中では何かが少しずつ深まっている。前と同じ場所に戻ったように見えても、立っている足元の地面は前より少しだけ固くなっているはずです。
焦らず、比べず、その子のペースで。今日できることは「あなたのことを見ているよ」と、ただ隣にいることかもしれません。それだけで十分なときもある、ということを覚えておいてもらえたらと思います。
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